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薬に病む−クロロキン網膜症−

薬害の実態をはじめてとらえたドキュメント

作品写真
商品名 金額(税込) 購入数

ビデオ:個人

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16ミリプリント販売:600,000円
ビデオ:ライブラリー 30,000円

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16ミリプリント貸出:30,000円

青林舎
1980
1時間47分

製作:青林舎
監督:小池征人
製作:青林舎/クロロキン原告弁護団
撮影:清水良雄
ナレーター:宮沢信雄

警告されていた薬

 クロロキンは抗マラリア剤としてドイツで開発されたが、強い毒性のため使われなかった。その後、第2次大戦中にアメリカが抗マラリア剤として再発見し、マラリアに限定して使用された。日本では1955年以来、製薬4社によって大々的に発売され、マラリアだけでなく、腎炎などの適応薬とされた。1958年ごろからアメリカでは失明の危険が医学誌などで警告され、1964年には全米の医師に警告書が発送されている。

クロロキンが人生を変えた

 しかし、折から日本は薬の高度成長期。1961年に始まった国民皆保健制度が薬の使用に拍車をかけた。製薬業界が1970年以後、1兆円産業とふくれあがる一方で、クロロキンを使用した人たちに視覚障害が出始める。しかも、薬の使用をやめても障害は進行し治療方法もない上、腎炎にも効果がなかった。
 視覚障害ゆえに転職、失業がつづく。結婚もあきらめる。家族の中に自殺者も出る。日常生活では見ようとする物に顔をこすりつけても見えにくく、手さぐりで判別しなければならないほどの視覚障害。クロロキンが人生を変えてしまったのだ。

薬害事件の本質に迫る

 このクロロキンの拡販の根拠となった論文は症例もわずかで比較実験もしないずさんなもの。製薬会社の元宣伝販売員も「一日一度手錠がはまるようなことをやらないようでは一人前ではないといわれていた」と語る。アメリカで警告が発せられ、日本の学会で被害が検討された時、自分だけ服用をやめ、行政官として公にしなかった厚生省製薬課長の取材拒否の電話で映画は終わる。
 薬害事件は情報の欠陥からおきる。その背景には製薬企業と国の情報独占がある。 この映画は「クロロキン」という薬の薬害事件の歴史をふり返りながら、薬害事件の本質を探っている。