PRODUCTION NOTES
「わたしのグランパ」映画化始動
 東陽一監督は筒井康隆作品の昔からの愛読者。小説『わたしのグランパ』に惚れ込み、かねてより映画化したいと熱望し続けていた。
 刑務所帰りの祖父(グランパ)と孫娘の心の交流を描いた物語−−。企画のスタートから、監督はグランパの役は菅原文太しかいないと決めていた。
「菅原さんは厳しい顔をしているが、笑うととても魅力的。老人に少女が魅力を感じてしまう設定にリアリティーを持たせるためには、菅原さんの笑顔が絶対必要だった」
菅原の快諾を受け、初めてこの映画の製作が本格的に始動し出した。
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素晴らしいキャスティング
image 映画出演220本以上を誇る、菅原文太にとって、アクションシーンはお手のもの。『鉄拳』以来13年ぶりとなる立ち回りにも、「もっと激しいものかと思ったら、意外とそうでもない。軽い運動をした後の疲れくらいしか残らなかったよ」。孫娘にからむ不良どもを振り回す着流し姿、13年前の暴力団事務所への殴りこみは、さすがの貫禄だった。
image ヒロインである孫娘に抜てきされた石原さとみ。新人でありながら現場でのその直感的な把握力と表現力は、監督だけでなく、スタッフの驚きの的となった。「場の雰囲気に負けず、がんばっている。私たちの新人の頃はこんなに堂々としていなかった」と、菅原も感心しきり。本物の家族以上に家族らしい五代家・菅原文太のグランパ、平田満、宮崎美子“夫妻”、“グランマ”波乃久里子というベテランに囲まれても、物怖じしないで演技に打ち込んでいた。大器を感じさせる新人の登場である。
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 共演の浅野忠信は「慎一には、どんな映画の中でも不思議なオーラを放つ浅野がどうしてもほしい」と監督が言い張り、忙しいスケジュールの中、出演をOKした。彼は、その後インタビューに答え「菅原文太さんからいろいろな演技を盗みたい」と話している。バー「じゃすみん」での菅原文太との対話は、ふたりの才能ある俳優の先輩後輩としての“対決”シーンともいえるだろう。
足利市ロケーション
image  舞台になる町は、近くをほどよい大きさの川が流れていて、ちょっとローカルな雰囲気を持った町。そういう場所が見つからずに難航していたが、東監督が『サード』(1978)の撮影のとき、ロケハンで見てまわった足利市のたたずまいを思い出し提案した。早速、スタッフが調査したところ、そこはまさに絶好の舞台だった。町のそばを渡良瀬川が流れ、古い町並みと新しい景観が共存している地方都市。さらに、舞台になる家として、大正時代の見事な二階建ての民家が借りられることになった。監督は「これこそが五代謙三の家だ」と満足しきった様子だった。映画を注意深く見ると、現在ではほとんど目にすることのできない伝統的な日本家屋の室内デザインに気づくはずだ。
 足利市内のロケは、五代家の他、バー「じゃすみん」、学校、喫茶店など、全編の8割以上に及ぶ。映画やテレビのロケーションのためのフィルムコミッションを準備していた足利市役所も、快く協力してくれた。
原作者:筒井康隆 登場
image 年越しパーティのシーンは、足利市に隣接する群馬県太田市の結婚式場で撮影された。地元の方々の参加もあり、この日、集まったエキストラは約100人。その中には、東監督と旧知の仲である黒木和雄監督の姿も見えた。
 プロデューサーからの出演依頼を受けた原作者の筒井康隆も、タキシード姿で登場。映画の中ではほんの少ししか出ていないが、朝のリハーサルから夕方まで1日“出演”していた。リハーサル終了後の会見では、「映画化が決まって、主役が菅原さんになったときは嬉しかったですよ」と、執筆時からグランパに菅原をイメージしていたことを明かした。
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