
「真実を語り、嘘を暴くことが知識人の責任である」とチョムスキーは語りました。私は、映画製作者もまた同じだと考えます。
完成から15年、東ティモールの独立など多くの変化がありましたが、当時のジョージ・ブッシュが息子に代わっても、この映画の基調は変わらないでしょう。マスメディアの寡占化はさらに進みました。90年代初頭、23の企業グループが支配していましたが、現在は五つです。
チョムスキーの言葉は、私のなかで共鳴し続けました。映画でマスメディアを民主化するための方策を尋ねられた彼は、「それは企業を民主化するにはどうすればいいかと訊くようなものだ」と答えています。
10年近く後に、私が企業というものの本質や未来をテーマにしたドキュメンタリー、『ザ・コーポレーション』を製作したのは、決して偶然ではありません。
『チョムスキーとメディア』では、当時まだ揺籃期にあった新しい技術に触れませんでした。インターネットは「DEMOCRACY NOW!」のようなオルタナティブ・メディアを可能にし、以前には考えられなかったような形で人々の政治参加を促しています。しかしそれも企業の手に任せてしまえば、真に民主的な役割を担うことはできないでしょう。日本のみなさんにも、ぜひ「ネットの中立性」という重要な問題について考えていただきたいと思います。
悲しいことに、『チョムスキーとメディア』はこれからも古びることはないでしょう。映画をつくったときと同様、来るべき「すばらしい新世界」においても今日的であり続けるのです。なぜなら、私たちが映画とともに投げかけ、答えを探したマス・コミュニケーションについての疑問は、洋の東西ばかりか、音声による対話から印刷、映像、今日の新しいデジタル技術まで、時代とともに変遷してきたメディアの違いを超えた普遍的なものだからです。
私たちは単なる受け身の消費者ではなく、自らがプロデューサーでもありユーザーでもある「メディアの所有者」になることができるか?
ジャーナリズムの世界では落ちこぼれであったためか、『チョムスキーとメディア』をはじめとする私の仕事の大半はメディアに関するメディアであり、ジャーナリズムに対するささやかな報復でもあります。
もしかしたら、私には想像力が足りないのかもしれません。あるいは、自らの職業としてのメディアがもつ重要性を、私がそれだけ強く信じているということなのかもしれません。
メディアは、今日の私たちが、そして未来の私たちが吸う空気であり、話す言葉です。この映画が、より希望に満ちた世界を示す道しるべのひとつとなることができたらと願っております。
シラキュース大学で映像製作を学び、ハリウッドでキャリアをスタートした。共同脚本を手掛けたテレビ番組『The Canadian Conspiracy』(1982)はカナダが米国を乗っ取るというドキュメンタリー形式のフィクションで、エミー賞にもノミネート。論争的なテーマと過激な社会批評性で知られる。企業の反社会的な行為を暴いたドキュメンタリー映画『ザ・コーポレーション』(2004)はジェニファー・アボットとの共同監督、共同製作。日本をはじめ20カ国以上で劇場公開され、全世界で25の賞を受賞し大きな反響をよんだ。
プロデューサー、監督、編集など30年以上もドキュメンタリー映画製作に携わる一方、雑誌にも寄稿。映画史・映画論の講師としても活躍する。マーク・アクバーらと設立した製作会社「ネセサリー・イリュージョンズ」の代表を務め、『チョムスキーとメディア』以降も日本人旅行者の目からカナダを描いた『Ho! Kanada』(1996)、ドキュメンタリーの認識論的限界や可能性に迫った『Cinema Verite』(2000)などの作品を監督、製作。デジタルメディアやインターネットの可能性にも早くから注目、新世代の映像作家を支援している。


