「いつか、天草で映画を作りたいのです。」
16歳のあの日以来、何処かで誰かと出会う度、まるで呪文のように同じ言葉を繰り返し、繰り返し、私は歩いてきた。理由を聞かれればいつも、よくわからないけれど海を見ていたらそんな気がしました、と根拠のない自信でもって答えたけれど、時々ふと「・・・なんでだろう」と自分で自分を疑い始めると、突然何もかもが不安になって、見えていたはずの絵も聞こえていたはずの音も聞こえなくなって、結局なにがやりたいのかもよくわからなくなった。
わからないこと、に出会ったとき、それが全てを吸い込む底なしの闇と見えるか、希望に満ちた遥かなる光と見えるかで、体はまったく異なる化学変化を起こす。そしてだんだん光と闇がごちゃごちゃになっていって、最後にはもう全部どうでもよくなって、叫びだしたくなる。わからない、わからない、わからない。けれどそんな時も天草の海は、黙ってそこに佇んでいた。
海、と呼ばれるH2O の固まりは、人体の尺度を遥かに超えたその大きさゆえに、地球上に散りばめられた多種多様な環境によって表情を変える。世界の何処かで、けれど同じ海を目前に、人は こころ と呼ばれる形のない何かを揺すぶられ、いつしかこころを超えて、遠い始まりの記憶に辿り着く。我々の祖先は海から陸に上がる時、その記憶を忘れぬよう、この体に海を残した。人体の70%がH2Oで出来上がっていることは、詩的でもなんでもなく、事実である。
あの日、崎津の入り江に起きたさざ波が、私の中の海を揺らした。
そこからすべては始まった。
脚本・主演・音楽 玉井夕海