この作品について

『亡命』(英語題名『OUTSIDE THE GREAT WALL』)は、1960年代の毛沢東による文化大革命以後、“北京の春”と呼ばれた「民主の壁」時代を経て、1989年6月4日の天安門事件に至るまでの中国民主化とその弾圧の歴史の中で、中国から海外へ亡命を余儀なくされた人たちの現在を追ったドキュメンタリー映画である。2008年から2年をかけて、アメリカ・ヨーロッパを中心に、芸術家、作家、詩人、政治活動家など約20名の中国人亡命者にインタビューを試みた。

最終的に本作に記録されているのは、鄭義(ジェン・イー)、高行健(ガオ・シンジャン)、王丹(ワン・ダン)、楊建利(ヤン・ジャンリ)、張伯笠(ジャン・ボーリ)、胡平(フー・ピン)、黄翔(ホアン・シャン)、徐文立(シュウ・ウェンリー)、馬徳生(マー・デシェン)、王克平(ワン・クーピン)、陳邁平(チェン・マイピン)、北明(ベィ・ミン)、張玲(ジャン・リン)の13人の証言である。

天安門事件とはどのような事件だったのか、事件後の逃亡・逮捕・獄中生活・弾圧からどのように国外へ亡命したのか。公開された世界の情報を自由に得ることができる環境の中で、亡命者たちは現在の中国をどうみているのか、そしてこれから中国はどうなっていくのか。主にこれら三つの質問への答えから、構成している。

監督には、日本に拠点をおき映像や文章で広く表現活動を続ける中国人の翰光(ハン・グァン)があたり、編集・制作には、自らも映画監督であり『老人と海』や『映画 日本国憲法』などの作品があるジャン・ユンカーマン、そして企画・製作をシグロの山上徹二郎が担当した。日本・中国・アメリカによる共同制作の体を成しながら、それぞれの文化的背景や言語感覚の違いから時に激論を交わしたが、しかし、この三者による議論が作品の普遍性を保証したと確信している。

また今回の取材を通して、文化的にも歴史的にももっとも関係が深く近い国である日本に中国人亡命者がほとんどいないという事実、加えて、2009年6月4日の天安門事件20周年にあたっても日本では集会や発言などの盛り上がりは少なく、人々もマスコミもそして日本政府も、この問題に関心を払っていないという状況に愕然とする思いだった。

その創成から深い関わりを持ち共に歴史を共有してきたにもかかわらず、隣国中国の問題に日本の私たちがほとんど関心を払わないのはなぜなのか。私たちはこれからどこへ向かおうとしているのか、世界にとって、とりわけ東アジアにとって最大のこの難題に迫るには、現代中国との関係を抜きにしては何事も語りえないにもかかわらず、精神的、内面的には中国を無視するかのような態度をとり続けるのは、なぜなのか。

簡単に答えを用意できる問題ではないが、しかし、私たちの中に中国に対するマイナスの感情が根深くあるのではないか。同時に、人権に対する私たちの意識が極めて希薄なのではないのか。映画の製作を進めながら、自らを問い続けることになった。

ドキュメンタリー映画『亡命』は、中国政府を批判するために製作されたものではない。インタビュー取材を通して知ることのできた、中国人亡命者一人ひとりの真の人間性と知性、そして彼らの望郷の想いに心を打たれた。彼らの存在を、強く伝えたいと思った。亡命者は決して忘れられてはならない人々であり、それは中国人亡命者だけに限ったことではない。亡命を余儀なくされた人々は、世界中に存在するのだ。

亡命者の存在は、政治や文化の寛容さについて考えること、そして行動することを、常に私たち個々人に求め続けている。 (2010年6月1日 山上徹二郎)

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