中村真夕(以下、中村)ちょうど去年の今頃、年末に撮影しましたね。
黒沢あすか(以下、黒沢)撮影前に顔合わせをした時に、中村監督からコンセプトを伺う機会を設けてくださったことを思い出しました
中村この作品の主人公の恵は、普通の女性ではあるけれど内側に闇を抱えているというなかなか難しい役どころです。ですから、色々な女の顔を表現できる女優さんを探していました。フランス映画ならジュリエット・ビノシュやイザベル・ユペールのような女優さんたちは、普通のおばさんっぽい時もあれば、すごく妖艶になったり、そうかと思うと逆に少女っぽかったりと、色々な女の側面を演じ分けられる人たちです。そういう女優さんは、日本には少ないと思っていました。そんな中で、黒沢あすかさんに以前から注目していました。塚本晋也監督の『六月の蛇』(02年)や園子温監督の『冷たい熱帯魚』(11年)などはもちろんですけど、個人的に瀬々敬久監督の『サンクチュアリ』(06年)などの作品で、黒沢さんが特に秀逸で一番胸に刻まれていました。それらの作品を見て、黒沢さんならこの役ができる!と確信しました。
黒沢嬉しい。そういう意図で声をかけてくださったんですね。振り返ってみると少ないですね、私のこういうところが良いって言ってくださる方っていうのは……
中村黒沢さんにラブレターを書くような感じでした(笑)
黒沢自分としては、年齢を重ねてきたことで、その分いろんな意味で冴えてきていたり、逆に若くなっている部分があると感じているんですけど、(本作のオファーがあった)当時はちょっと時代の波に流されかかっていたというか……、自分を必要としてくれる人の大半はやっぱり、“ただのおばさん”のイメージに当てはめようとする方が多い印象でした。私も49年も生きているから、自分のどこがいい部分なのかは十分わかっていて「おばさんの部分は、見た目でしょ?」って。「女ってもっと内面が熟しているし、熟し方にもいろんな形、いろんな色があるんだよ」っていうのを、見せたい。だけどその部分をダイレクトに必要としてくれる人はいなかったんです。この作品で久々にそういった部分を自分で呼び起こして、その時に自分が生き生きしてるなって思ったんです。おばさん(役)をやってるんだけど、やっぱり私は“女”なんだ!って、救いがありました。
中村それは私がこの映画を制作した動機ともつながっていると思います。というのも30〜40歳以上の女性が一人で映画を見に行くとなったときに、見たい邦画がないんですよね。大抵おじさんが主人公だったり、女子高生が主人公で
黒沢そう!なんで?って思います
中村はい。自分世代の女性が出ていて楽しめる映画というのがなくて、結局ヨーロッパ映画を見に行く。するとビノシュやユペールのような女優たちがすごくかっこいいんですよね。セクシーだったり。そういう意味で大人の女性が楽しめる映画で、大人の女性が主人公の映画を作りたいのだと私はずっと言い続けていました。黒沢さんをはじめ、女性としても魅力的で実際に母でもあるという俳優さんはたくさんいるのに。日本の映画やドラマって、最近では仕事のデキる大人の女性が主人公の作品もありますけど、大抵は良妻賢母の役ですよね
黒沢そう。私は最近、幸薄いお母さん役が多いの(笑)
中村恵のイメージという点では、特定のモデルはいませんが作品のテーマと繋がっています。というのも私は高校生の時から14年間ずっとイギリスとアメリカで暮らしていたので、日本に帰ってきた時に「母親の息子に対する並々ならぬ愛情と執着はすごい」と感じ、それを描きたいと思ったんです。母と息子がまるで恋人のように接していたり、それは娘との関係性とも違いますよね。また作品の中に特殊詐欺、いわゆるオレオレ詐欺の要素も入れましたが、それも私から見ると、こういう社会だからこそ多い犯罪だと。ワタシワタシ詐欺とは言わないじゃないですか。大人になった娘が親を頼って何百万円も欲しいなんて
黒沢言わないですよね
-
中村男の子だから、大人になっても、年老いた親が、なけなしのお金を出してくれるというのは、日本だからなのか、もしかしたらアジア的なのかもしれませんが。私は海外生活が長く、ドキュメンタリーを長く作ってきた人間のせいか、それを日本社会のある意味での、特性として描きたいのだと思いました。
黒沢中村監督は長編の劇映画を撮られるのは久しぶりで、自分が映画人として生きていくためにドキュメンタリーを制作しながら目指しているところがあると仰っていましたよね。それで、私は完成した作品を観た時にドキュメンタリーの要素があると思ったんです。余計なものがない、混じり気のない作品だなと。そして現場で、その瞬間に表現したいものを取りこぼさないようにされていたことを思い出しました
中村ドキュメンタリーで培ってきた「今を切り取る」という感覚を今回の作品では活かせた気がします。コロナ禍で人々が孤立し、大変な状況だからこそ描けるドラマがあるのではないかと。そう思い、長く書いてきた脚本に「今ならでは」の要素を加えたのです。
黒沢映画の中にも世界中がコロナに恐怖に陥れられていたという背景が見えると思うのですが、それでも映画人は諦めず、模索して何かを作りあげたという、絶対屈しない“職人魂”と言っていいと思うのですが、中村監督のそういう姿勢が素晴らしいと思いました。私はコロナ禍もテレビや映画の現場は続いていて、朝晩の検温や消毒、距離を保つことや黙食など実践していたけれども、そういう世界で中村監督は一人で動き出していて、“中村真夕”っていう一人の人間が私に「お願いできませんか?」と来てくれた。目の奥が開かれました。
2021年11月某日構成:ユカワユウコ